「働く」こと自体は、日々働く両親の後ろ姿を見てきた自分にとって自然のなりゆきでした。そして、今に至るまでのキャリアも、その時々の縁やなりゆきで紡いできました。中学の頃の新聞配達をはじめ、浪人時代も含めて学生時代は何かしらのアルバイトをずっとやっていたので、働くことは自然なことでしたし、就活もとくに構えることなく、“やるならメディアの仕事かなぁ・・・”と思いながらテレビ局を受けたりしていました。結局は、何となく興味があった宇宙開発の仕事になりゆきで就いたのがキャリアのスタートです。
最初の就職から1年後には、さまざまな条件が重なって次の職に移り、それからの20代は転職の日々。システムアドミニストレーターをやったり、ネットワークエンジニアをやったり、派遣会社経由でシステム営業をやったり。無職の時期も3カ月ほどありました。そしてその後、「自分はインターネットが好きなんだな」という漠然とした考えのもと、ウェブの制作会社に潜り込みウェブディレクターの真似事をはじめることに。思えば、それが今のキャリアにつながる、本当の意味での出発点かもしれません。
それ以降、長く同じ会社に勤めたこともありましたが、それでもそこでやった仕事はいろいろと変わりました。加えて、ここ4年は毎年転職していますし、仕事内容もまちまちです。しかし、こうした働き方ができているのは、“すべては自分の結果次第”ということを社会人の最初の頃から意識し、20代で実感したからこそでもあります。また、自分の行動原理を支えている、『みんなで幸せになろうよ』という標語に従えば、たいていの仕事はその標語に結びつく。そこが、働くうえでのモチベーションの源でもあります。
そこで、“結果って何だ“ということですが、逃げずに数字を出すことに尽きるかと思いますし、それを愚直にやっていくことだと思っています。そして、仕事をしている過程は目いっぱい楽しむ。もちろん結果は、一人で作ったのでなくチームあってのことなので、これまで一緒に仕事をさせていただいたメンバーの方には感謝の気持ちしかありません。
そして現在、私はスマートニュースの一員として『世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける』べく仕事をしています。ここでも、自分の標語に従うことで、結果を出すための過程を楽しみつつ、やりたい仕事が自然体でできている実感があります。
繰り返しますが、過程を楽しみつつ愚直に取り組んで結果を出すこと。シンプルで面白味がないとは思いますが、私はその自然体が良いと思っています。
もちろん大好きです。
旅が好きなので、世界をくまなく回りたいです。
数字の桁が変わる瞬間が、一番感動するポイントです。
人生における仕事の優先順位は、10段階で3ぐらい。大切なものは、いろいろあります。
将棋の棋士や学校の先生に憧れたことはあります。
多様性を感じられる視点を持って欲しいです。
仕事道具。
成功の基準は人それぞれですが、その基準に愚直に向き合うことですかね。
1時間だけなら、ゲームしてそう。
『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。 』 [本田哲也・田端信太郎 著 / ディスカヴァー・トゥエンティワン]
メディア関係の人にはお勧めの一冊です。
1998年 東京理科大学 工学部経営工学科卒業後、人工衛星のシステムエンジニアとしてキャリアスタート。
2004年以降、ライブドア、WIRED.jp、グリー、ハフィントンポスト日本版などの各種ウェブメディアのディレクターや編集長を経て、2014年に現職。