2023.04.25
コロナ禍により、急速に普及したリモートワークで導入されている「Microsoft Teams」や「Slack」などのビジネスコミュニケーションツール。導入した組織はその利便性に気づく一方、導入のハードルが高く、躊躇している組織は少なくないでしょう。そもそも「よくわからない」「考えたこともない」「存在すら知らない」といったケースもあるかもしれません。
ITとコミュニケーションツールのコンサルティングを行う井殿寿代さんに「失敗しないビジネスコミュニケーションツールの導入方法」と題し、基本理解から導入までのハードル、乗り越える方法までを寄稿していただきました。
寄稿者
優伝合同会社 井殿 寿代
ITとコミュニケーションツールのコンサルティングを行う。例年数千名のトレーニングに携わり、企業風土に寄り添う研修設計と研修講師として活動中。
「Microsoft Teams」や「Slack」といった言葉を耳にしたことはあるでしょうか? 「Microsoft Teams」や「Slack」などのビジネスコミュニケーションツールは「現場≒仮想会議室の一体感を実現するクラウドツール」です。いわゆる大企業やIT系の会社での導入は進んでいると感じていますが、実際は未採用、そもそも採用する意味すらよくわからないという企業が多いのが現実ではないでしょうか。
一般的にはWeb会議、スケジュールの共有、チャット、ファイル(動画、静止画、ドキュメント)の共有、タスクの自動化などのサービスをセキュリティ管理のもとで提供してくれます。デバイスを問わず、組織の内外、働く場所、デバイスを問わず、部署ごと、製品ごと、フロアごと、プロジェクトごとなど、自由な単位でチームを組み立てることができます。
ツールの使用料金は、1ユーザーあたり無料から月額数百円程度で中小企業も採用しやすい価格となっており、もしこの仕組みを自前構築するのであれば、数千万以上の費用と長い構築・導入期間が必要になるでしょう。つまり、これまでは大企業でしかできなかった働き方を中小企業も廉価で実現できる時代になったということです。
2019年4月から順次施行された「働き方改革関連法案」は、2020年4月から中小企業にも適用され、偶然ですがコロナ禍によるリモートワークが推奨された時期と重なります。「働き方改革関連法」に対応すべく前倒しでビジネスコミュニケーションツールを導入していた企業は、リモートワークへの切り替えが比較的容易にできています。
リモートワークはコロナ禍が終焉しつつあるなか賛否両論ありますが、生産性や人材確保という観点からは避けて通ることはできない環境整備の1つでしょう。ビジネスコミュニケーションツールを利用し、呼吸するように自然に対話をし、歩くように自然につながることで働く喜びのギアも上がります。
膨大にメールが行き交うと「誰をCCに入れる? 入れない?」「添付ファイルはいったいどれが原本?」といった煩わしい判断を人為的かつ感覚的な不文律で行うことになります。その不文律の基準は、個人ごとにまちまち。加えて、メールはプロジェクトごとには届きません。その結果、転記や調整ごとといった余分な手間が増え、さらに伝達漏れや検索漏れが誰かの作為かどうかに関わらず起こりえます。
承認手続きにおいてもメールだけでは限界があります。様式による承認手続きは背景や前後関係、そこで生じるコミュニケーションから独立して行き交います。その結果、提出のための様式作成は背景を省いた事務処理となり、将来、疑問が生じても記憶をたどるしかないという事態になりかねません。そこには情報の欠落や調整が発生し、ここでも誰かの作為があるかどうかに関わらず、情報がナマモノではなくなります。
ビジネスコミュニケーションツールを導入する組織は、グループ単位のスレッド(ある課題に対する投稿の集まり)から会話履歴をたどることができ、ファイルも何が最新かがわかります。承認手続きも自動化しておけば、対話の温度感を残しつつスピードアップが可能です。
自組織内のみならず、クライアントなどの外部組織やユーザーとのやりとりもビジネスコミュニケーションツールを利用している会社もあり、その有用性を享受しています。正しく利用すれば、コミュニケーションの鮮度と精度が向上するのです。
ビジネスコミュニケーションの鮮度と精度は「情報源の人称」と「情報公開スキル」に依存します。情報源の作為あり・なしに関わらず、一人称(I・We)から二人称(You)、二人称から三人称(She・He・It・They)へと一次情報(一人称の情報)から遠ざかると、その情報は鮮度も精度も落ちます。一次情報は本人が直接体験した情報であり、第三者による情報である二次情報とは性質を異にします。この一次情報を「適切な相手に」「早く」「広く」「深く」届けるスキルが情報公開スキルです。
ビジネスコミュニケーションツールは、一次情報の鮮度と精度のまま、既存の枠を超えて適切な相手に早く広く深く届けることができるツールです。
ビジネスコミュニケーションツールを導入することは、日常行うビジネスコミュニケーションの「手法」や「可視度」の自由を、ある意味いったん全員から奪い、ツール上へ再構築するようなものです。組織のコミュニケーションに潜んでいたリスクがあぶり出され、驚くような大炎上が発生することもあります。以下で課題例を挙げていきましょう。
もめ始めると些細なことで大騒ぎになり、その対応のため都度会議が招集されることも多々あります。
実際、現場に導入するにあたり、これらの怨嗟というか、ネガティブな言葉がよく聞かれ、「そんな人いないでしょ!」「そんな会社ないでしょ!」と思われるかもしれませんが、かなりの確率で遭遇します。これらのリスクがあぶり出されるかもしれないという覚悟が必要になるのです。
ビジネスコミュニケーションツールは「Aさんは使わない」「Bさんは使う」というツールではありません。しかし「今のままでいい」「メールで足りている」「SNSなんて不要」という人は少なからずいて、この事態の収拾はなかなか骨が折れます。その真意を深堀りすると、ITスキルと表現力の不足に行きつきます。
導入前アンケートでは「使用できる」回答がほぼ100%ですが、実際はリアルな会話レベルを再現し、気を使いながら入力できる人は限られています。加えて、いままで行っていたことを不慣れなITツールで順応するスキルも要求されると、一気に使える人と使えない人との差が開いてしまうのです。
BYOD(Bring Your Own Device)は、個人が使用するパソコンやスマートフォンを仕事に利用する形態を指し、ビジネスコミュニケーションツールの導入とセットで考える必要があります。個人用スマートフォンにどこまでの情報利用を許可するのか、セキュリティ対策はどうするのかを考えておかないと、導入後ドロ縄式で対応することになります。
ビジネスコミュニケーションツールが導入されると、情報公開の文化が一気に変わります。「情報をコントロールできることが権威であり価値」という行動様式が存在する組織では、情報は闘争の道具であり、作為的な情報の出し入れは戦術になります。その情報公開の仕組みをツールに明け渡すとなれば、許しがたい暴挙と受け止められかねません。ツールの是非を議論しているのか、情報争奪闘争をしているのか、わけがわからなくなるといった話も耳にします。
新しいツールを導入するので、過去の手法が除外されることもあります。たとえば、上意下達や赤いハンコ文化など。関与者に腹落ちしてもらうには、かなりの労力を必要とします。
では、これらの課題を乗り越えるには、何をすればいいのでしょうか?
DXの一環としてビジネスコミュニケーションツール導入を検討する企業は多いのですが、導入時のトラブルの多くは、既存コミュニケーションそのものが抱えているトラブルからあぶり出されるものです。
対話不足による衝突を回避するため、対話のビジネスマナーを組織内で標準化しておくことをおすすめします。「すでにもめている」「もめそうな予感がする」のであれば、最初だけでいいので対話をコーディネートしてくれる専門家に手伝ってもらうといいでしょう。専門家に手伝ってもらえないとしても、数名が対話のコーディネートについて学び、ファシリテーターをつとめてはいかがでしょうか。
ビジネスコミュニケーションツール導入は、ほかのシステムのように予算稟議の承認だけでは進まず、操作方法のレクチャーだけでも順調に進むとは限りません。むしろ、抵抗や停滞リスクが爆発するのがレクチャーの場だったりするのです。
成功へ導くため、導入後に目指す理念や考えをわかち合える土台づくりが必要になります。理念や考えを共創したり、共有したりできるメンバー構成は、既存のリーダーや意思決定権者だけでなく、新しく対話体制を構築した方がうまくいきます。もちろん、既存のリーダーや意思決定権者にも、丁寧に対話を重ねておくことは欠かせません。
対話とセキュリティのポリシーを策定しておく、あるいは策定しながら進めることに同意をとりつけておくとスムーズに進行します。「否定しない」「感謝を伝える」などは対話ポリシーの最低限のルールです。これを暗黙知とせず、明文化しておくことがスムーズに進めるコツです。個人個人の認識のズレ、行動の差が生むストレスはビジネスコミュニケーションツールのなかへ潜り込み、思わぬ火種になります。
セキュリティのポリシーは、BYODや勤務時間外の扱いのほかにも、社員全員が基本的な共有の仕組みとセキュリティリスクを学んだうえで、外部との共有ルールも明確にしておく必要があります。ISOや社内規定のなかに使えそうなポリシーが既に定められていれば、再認識できるように関係箇所をまとめましょう。もし未整備であれば、取り組むいいチャンスです。
年長者のビジネスコミュニケーションツール導入への否定的な姿勢に対して、若手から不満が噴出することがあります。前述したように年長者がビジネスコミュニケーションツールに示す戸惑いは、悪意ではなく生存闘争の本能と理解できます。
優秀な若手を社内アンバサダーとして、そのメリットを伝えなじませ、支える仕組みが必要です。年長者を軽んじるより、年長者しか持っていないノウハウを吸収しつくす道具としてもビジネスコミュニケーションツールは使えます。当然、社内アンバサダーの役割が、きちんと周知され評価される必要があります。
ツリー構造の鳥居のように、上層部で決定しなければならないことは数多くあります。しかし、ビジネスコミュニケーションツールはツリー構造の世界ではありません。ビジネスコミュニケーションツールはSNSのひとつであり、情報はクモの巣状に張り巡らされています。もしこれまで通りの鳥居型コミュニケーションを維持するだけの意図であれば、フラットで活発なコミュニケーションを意図して開発されたビジネスコミュニケーションツールは向いていません。
ビジネスコミュニケーションツールの「柔軟さ」という強みを生かすのであれば、導入初期は多少の混乱は避けられず、それも成功のいち要素であることを組織の共通認識として広めておくことが大切です。
ビジネスコミュニケーションツールは対話を揺らしたり、混ぜ合わせたりしながら育て育てられ、長い時間の中で熟成されます。寄稿したことの何か1つでも、ヒントになることを願ってやみません。